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千葉地方裁判所 平成8年(行ウ)32号 判決

原告

池内一雄

岩井為久

被告

八千代市長 大沢一治

右訴訟代理人弁護士

伴義聖

西村文明

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、八千代市職員に対し、調整手当として、給料、管理職手当及び扶養手当の合計額の五パーセントを超えて支給してはならない。

第二  事案の概要

一  原告らの主張

1  原告らは千葉県八千代市の住民であり、被告は八千代市長である。

2  「八千代市一般職員の給与に関する条例」(以下「本件給与条例」という。)の一一条の二の一項は、「調整手当は、民間における賃金、物価及び生計費を考慮し、すべての職員に支給する。」と規定しており(以下、これを「本件支給条項」という。)、また、同条二項は、「調整手当の月額は、給料、管理職手当及び扶養手当の月額の合計額に一〇〇分の一〇を乗じて得た額とする。」と規定している(以下これを「本件支給率条項」という。)。

3  被告は、八千代市長として、本件支給条項及び本件支給率条項に基づき、八千代市の全職員に対して、毎月、その給料、管理職手当及び扶養手当の合計額の一〇パーセントにあたる金額を調整手当として支給しており(以下、この支給率による調整手当を「本件調整手当」という。)、今後も本件調整手当を支給することは確実である。

4(一)  しかし、(1)次に述べるとおり、八千代市職員に対する調整手当の支給率は五パーセント以下が相当であって一〇パーセントは高きに失するから、本件支給率条項はその合理性を著しく欠くものであり、(2)したがって、八千代市財政の健全化に努めるべき職責を有する被告市長としては、五パーセントを超える調整手当の支給をしてはならず、(3)しかるに、被告は、漫然と本件支給率条項に従って一〇パーセントの調整手当を支給しておりまた今後も支給し続けるのであるから、被告のその行為は違法というべきである。

(二)  八千代市職員に対する調整手当の支給率が一〇パーセントでは高きに失し五パーセント以下が相当である理由は、次のとおりである。

(1)ア 国家公務員については、人事院規則が調整手当支給地域を定めるものとされているが、人事院規則九―四九(調整手当)は、八千代市を調整手当支給地域とは定めていない。

イ 千葉県職員については、千葉県人事委員会規則が八千代市に在勤する職員に対して五パーセントの調整手当を支給するとしている。

ウ 調整手当額算出の基礎となる八千代市職員の給料の額は、平成七年度において、国家公務員に比べ、一般行政職で約一・一二倍、技能労務職で約一・一一倍高く、また、八千代市職員のラスパイレス指数(国家公務員を一〇〇とした場合の地方公務員の給与水準指数)は一〇四・八となっている。さらに、平成八年四月一日現在の八千代市職員の平均給料額は、一般行政職(四〇・三歳)で三三万九五一〇円であるが、それは千葉県職員(一般行政職、大学卒、勤続年数一五年)のそれ(三二万四六八〇円)よりも約五パーセント高いものとなっている。

エ さらに、平成七年度の八千代市の財政状況は、その経常収支比率が九六・三パーセントにもなっていて千葉県でトップであり(平成八年度は一〇〇・五)、財政構造の弾力性に極めて乏しく、職員給九六億四八〇〇万円(平成八年度は一〇〇億〇四〇〇万円)の歳出に占める割合は二四・二パーセント(平成八年度は二五・五パーセント)にも達しているのであって、危機的な状態にあるものである。したがって、八千代市財政にはもはや全ての職員に一〇パーセントもの高率の調整手当を支給するゆとりはないはずである。

オ 八千代市議会は、本件支給条項及び本件支給率条項を初めて可決制定した際及びその後数回にわたって本件支給率条項を改正した際に、いずれも、民間の賃金、物価及び生計費を全く調査検討しておらず、市長も、八千代市における民間の賃金、物価及び生計費を調査して八千代市におけるこれらのものが特に高いか否か、特に高いとしてどの程度高いかを全く検討していないのである。市長はただ八干代市役所職員労働組合の強い要求に押されるままに改正案を市議会に提出し、市議会もまた十分な審議をしないままに市長に迎合してこれを可決成立させてきたのである。

(2) 以上によれば、一〇パーセントの支給率を定める本件支給率条項は、地方公務員法二四条三項の定める均衡の原則すなわち「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」との規定に違反しているものというべきである。なぜなら、もしこの均衡の原則に従えば、八千代市職員に対する調整手当の支給率はせいぜい千葉県職員と同じ五パーセントか又はそれ以下と定められるはずだからである。

現に、自治事務次官も、平成六年一〇月四日付け、平成七年九月二六日付け及び平成九年一一月一四日付けの各都道府県知事宛て及び各指定都市市長宛ての「地方公務員の給与改定に関する取扱いについて」と題する書面で、「国の支給割合を超えて調整手当を支給している地方公共団体及び国の支給地域に該当しないにもかかわらず調整手当を支給している地方公共団体にあっては、これを是正すること」を指示しているのである。

少なくとも、調整手当の支給率を定める上で最も重要な民間の賃金、物価及び生計費が全く調査検討されていない以上、その調査検討がなされるまでの間、八千代市職員に対する調整手当の支給率を千葉県職員と同じ五パーセントか又はそれ以下に抑えておくのが市議会及び市長たる被告の正しい姿である。

(3) また、本件支給率条項は、地方公務員法一四条の定める情勢適応の原則すなわち「地方公共団体は、この法律に基いて定められた給与、勤務時間その他の勤務条件が社会一般の情勢に適応するように、随時、適当な措置を講じなければならない。」との規定にも違反しているものである。なぜなら、もし前記(1)記載のアないしエの事情のもとにおいてこの情勢適応の原則に従えば、市長たる被告は直ちに本件支給率条項につきその支給率を五パーセント以下とする改正案を市議会に提出し、市議会は直ちにそれを可決成立させなければならないからである。市議会及び被告はこの義務の履行を怠って漫然と本件調整手当を支給しているのである。

5  原告らは、平成八年五月九日、地方自治法二四二条一項の規定に基づき、八千代市監査委員に対して、「平成八年度以降、八千代市職員に対する一〇パーセントの調整手当の支給を停止し、調査基準により適正な支給率を定め、これにより支給するよう勧告することを請求する。」旨の住民監査請求をしたが、同年七月三日、八千代市監査委員はこれを棄却した。

二  被告の主張

1(一)  被告は、八千代市議会において議決した本件給与条例の本件支給条項及び本件支給率条項に基づいて本件調整手当を支給しているのであって、これらに重大かつ明白な瑕疵があるとはいえないから、被告が本件支給条項及び本件支給率条項に基づいて本件調整手当を支給することは何ら違法ではない。すなわち、

本件支給条項及び本件支給率条項は、八千代市における民間の賃金水準、八千代市における物価や生計費、近隣他市の調整手当の支給状況等を考慮して、八千代市職員の給料の実質的不均衡を是正することを主たる目的とし、併せて、これによって八千代市職員の採用を容易にすることを目的として定められたものであり、職員組合の要求をも斟酌して定められたものである。すなわち、〈1〉八千代市は、東京のいわゆるベッドタウン化しており、その生活圏は行政区域に限定されるものではなく、賃金、物価及び生計費についても、東京都内のそれを考慮せざるを得ない事情があり、その詳細な調査は不可能であるが、八千代市の民間事業所の社員の賃金は八千代市職員の給与と同等かそれ以上と推測されること、〈2〉八千代市に近接する近隣他市や東京二三区もその調整手当の支給率を一〇ないし一二パーセントと定めていること、〈3〉八千代市職員の採用を容易にするには、近隣他市と少なくとも給与条件を同じにしなければならないこと、〈4〉八千代市役所職員労働組合も一〇パーセントの調整手当の支給を強く要求していたこと、等の事情を考慮して、一〇パーセントの支給率を定めたものである。本件支給条項及び本件支給率条項に重大かつ明白な瑕疵があるとは到底いえないものである。

(二)  そもそも、原告らの主張する地方公務員法二四条三項及び一四条の規定は、いわゆる訓示規定であって、仮に本件支給条項又は本件支給率条項がそれらに違反しているとしても、そのことから直ちに本件支給条項又は本件支給率条項が無効となるわけではなく、また、被告の本件調整手当の支給が違法となるわけでもない。

2  なお、八千代市に所在する千葉地方法務局八千代出張所に在勤する国家公務員に対しては、乙地の地域区分に該当する三パーセントの調整手当が支給されている。

第三  当裁判所の判断

一  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

1(一)  地方自治法二〇四条一項は、「普通地方公共団体は、普通地方公共団体の長及びその補助機関たる常勤の職員、委員会の常勤の委員、常勤の監査委員、議会の事務局長又は書記長、書記その他の常勤の職員、委員会の事務局長若しくは書記長、委員の事務局長又は委員会若しくは委員の事務を補助する書記その他の常勤の職員その他普通地方公共団体の常勤の職員に対し、給料及び旅費を支給しなければならない。」と規定し、同条二項は、「普通地方公共団体は、条例で、前項の職員に対し、扶養手当、調整手当、住居手当、初任給調整手当、通勤手当、単身赴任手当、特殊勤務手当、特地勤務手当(略)、へき地手当(略)、時間外勤務手当、宿日直手当、管理職員特別勤務手当、夜間勤務手当、休日勤務手当、管理職手当、期末手当、勤勉手当、期末特別手当、寒冷地手当、義務教育等教員特別手当、定時制通信教育手当、産業教育手当、農林漁業改良普及手当、災害派遣手当又は退職手当を支給することができる。」と規定し、同条三項は、「給料、手当及び旅費の額並びにその支給方法は、条例でこれを定めなければならない。」と規定している。

(二)(1)  地方公務員法二四条一項は、「職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない。」と定め、同条三項は、「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」と定め、同条六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」と規定している。

地方公務員法二五条一項は、「職員の給与は、前条第六項の規定による給与に関する条例に基いて支給されなければならず、又、これに基かずには、いかなる金銭又は有価物も職員に支給してはならない。」と定めている。

(2)  また、地方公務員法一四条は、「地方公共団体は、この法律に基いて定められた給与、勤務時間その他の勤務条件が社会一般の情勢に適応するように、随時、適当な措置を講じなければならない。」と定めている。

(三)  なお、給料とは、職員の正規の勤務時間の勤務に対する報酬であり、手当とは、給料に付加して支給される給付である。

2(一)  国家公務員の調整手当については、「一般職の職員の給与に関する法律」の一一条の三の一項が、「調整手当は、民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域で人事院規則で定めるものに在勤する職員に支給する。その地域に近接し、かつ、民間における賃金、物価及び生計費に関する事情がその地域に準ずる地域に所在する官署で人事院規則で定めるものに在勤する職員についても、同様とする。」と規定しており、同条二項は、「調整手当の月額は、俸給、俸給の特別調整額及び扶養手当の月額の合計額に、次の各号に掲げる区分に応じて、当該各号に掲げる割合を乗じて得た額とする。 一 甲地百分の六(人事院規則で定める地域及び官署にあっては、人事院規則で定める区分に応じ、百分の十又は百分の十二) 二 乙地百分の三」と規定し、同条三項は、「前項の甲地及び乙地は、人事院規則で定める。」と規定している。

(二)  人事院規則九―四九(調整手当)は、八千代市を調整手当支給地域とは定めていないが、同規則一条に基づき、人事院は、昭和五六年四月、八千代市に所在する千葉地方法務局八千代出張所を乙地と指定し、同出張所に在勤する一般職の国家公務員に対して乙地の地域区分に該当する三パーセントの調整手当を支給するものとしている。(〔証拠略〕)

(三)  なお、自治事務次官は、平成六年一〇月四日付け、平成七年九月二六日付け及び平成九年一一月一四日付けの各都道府県知事宛て及び各指定都市市長宛ての「地方公務員の給与改定に関する取扱いについて」と題する書面(〔証拠略〕)で、「国の支給割合を超えて調整手当を支給している地方公共団体及び国の支給地域に該当しないにもかかわらず調整手当を支給している地方公共団体にあっては、これを是正すること」を指示している。

3(一)  千葉県職員の調整手当については、「職員の給与に関する条例」の一〇条の二の一項が、「調整手当は、民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域で人事委員会規則で定めるものに在勤する職員に支給する。その地域に近接し、かつ、民間における賃金、物価及び生計費に関する事情がその地域に準ずる地域に所在する公署(学校を含む。以下同じ。)で人事委員会規則で定めるものに在勤する職員についても、同様とする。」と規定しており、同条二項は、「調整手当の月額は、給料、管理職手当及び扶養手当の月額の合計額に、次の各号に掲げる区分に応じて、当該各号に定める割合を乗じて得た額とする。 一 甲地百分の六(人事委員会規則で定める地域にあっては、人事委員会規則で定める区分に応じ、百分の十又は百分の十二) 二 乙地百分の五 三 丙地百分の二」と規定し、同条三項は、「前項の甲地、乙地及び丙地は、人事委員会規則で定める。」と規定している。(〔証拠略〕)

(二)  人事委員会規則(調整手当の支給に関する規則)は、八千代市を乙地(五パーセント)と定めている。

4(一)  千葉県議会及び県内各市の市議会が可決している平成九年四月一日現在の調整手当支給率は、別紙「千葉県内市の調整手当支給状況」記載のとおりである。(〔証拠略〕)

(二)  また、東京都議会、二三区区議会及び都内各市町村議会、神奈川県議会及び県内各市町村議会、埼玉県議会及び県内各市町議会がそれぞれ可決制定している平成九年四月一日現在の調整手当支給率は、別紙「調整手当支給率 東京都」、「調整手当支給率 神奈川県」、「調整手当支給率 埼玉県」記載のとおりである。(〔証拠略〕)

5  八千代市職員の調整手当については、「八千代市一般職員の給与に関する条例」(本件給与条例)の一一条の二の一項が、「調整手当は、民間における賃金、物価及び生計費を考慮し、すべての職員に支給する。」と規定しており(本件支給条項)、同条二項は、「調整手当の月額は、給料、管理職手当及び扶養手当の月額の合計額に一〇〇分の一〇を乗じて得た額とする。」と規定している。(本件支給率条項)

6  被告は、本件支給条項及び本件支給率条項に基づき、八千代市職員に対して一〇パーセントの調整手当(本件調整手当)を支給しており、本件支給条項又は本件支給率条項の改正がない限り、今後もこれを支給することは確実である。

7  原告らは、平成八年五月九日、八千代市監査委員に対し、住民監査請求をしたが、同年七月三日付けでこれを棄却された。(〔証拠略〕)

8(一)  〈1〉本件支給条項及び本件支給率条項は、昭和四八年三月の市議会において、当時の八千代市長が提出した本件給与条例改正案に基づき、初めて可決成立して追加されたものであり、そのときの支給率は一〇〇分の三であった。〈2〉しかし、その後、その支給率は、昭和五二年三月の市議会において一〇〇分の六と改正され、〈3〉次いで昭和五五年三月の市議会において一〇〇分の七と改正され、〈4〉さらに、昭和五八年三月の市議会において一〇〇分の八から一〇〇分の九と改正され(一〇〇分の八の支給率がいつから実施されていたかは本件証拠上明らかでない。)、〈5〉そして、昭和六一年一二月の市議会において、一〇〇分の九から一〇〇分の一〇に改正され、同年四月一日に遡って適用されて、今日に至っている。(〔証拠略〕)

(二)  しかし、右〈1〉ないし〈5〉のいずれの際にも、八千代市議会又は八千代市長によって八千代市における民間の賃金、物価及び生計費が調査検討されたことはなかった。

八千代市議会が本件支給条項及び本件支給率条項を可決制定し、その後逐次本件支給率条項を改正してきたのは、その旨の八千代市役所職員労働組合からの要求があったことに加えて、近隣他市の調整手当の支給状況等の諸事情一切を考慮し、八千代市職員の給料の実質的不均衡を是正して併せて八千代市職員の採用を容易にするためであった。(弁論の全趣旨)

(三)  なお、八千代市役所職員労働組合は、昭和六〇年一一月一八日付け及び昭和六一年一〇月八日付け「要求書」において、八千代市長に対し、調整手当を一〇パーセントに引き上げること、調整手当の一〇パーセントを早急に実施することを強く要求していた。(〔証拠略〕)

9  平成七年度の八千代市職員の給料は国家公務員と比べて一般行政職で約一・一二倍高く、技能労務職で約一・一一倍高く(〔証拠略〕)、また、八千代市職員のラスパイレス指数は一〇四・八であった。(平成八年度は一〇四・三)(〔証拠略〕)

10  平成八年度の八千代市職員の平均給料額及び諸手当を含めた平均給与額を、千葉県、千葉市、銚子市、市川市、船橋市、松戸市、習志野市、柏市及び市原市の各職員のそれと比較すると、次のとおりである。(〔証拠略〕)

〈省略〉

〈省略〉

11  八千代市の平成七年度の経常収支比率は九六・三パーセントであり(平成八年度は一〇〇・五パーセント)、千葉県内で最も高い比率であり、職員給九六億四八〇〇万円(平成八年度は一〇〇億〇四〇〇万円)の歳出に占める割合は二四・二パーセント(平成八年度は二五・五パーセント)であって、千葉県内で最も高い比率である。そのため、八千代市では、経常収支比率改善計画、将来債務比率適正化計画を策定している。(〔証拠略〕)

12  八千代市の職員数は現在約一五〇〇人であり、平成九年度の当初予算における調整手当の支給総額は約六億三〇〇〇万円であった。(〔証拠略〕)

13  近時、八千代市は東京のベッドタウン化しており、平成八年四月に東葉高速鉄道が開通した後はこれに一層の拍車がかかり、平成八年三月三一日現在の住民基本台帳上の人口は約一五万四〇〇〇人であったが、平成九年三月三一日現在では約一五万八〇〇〇人に、平成一〇年四月三〇日現在では約一六万二〇〇〇人に達している。そして、八千代市に居住する就業者の約三分の一が東京二三区への通勤者である。(〔証拠略〕)

以上の事実が認められる。

二  判断

1  市長たる被告は、地方公共団体の執行機関として、八千代市議会が議決した本件給与条例の本件支給条項及び本件支給率条項を誠実に執行しなければならない義務を負うものであり(地方自治法一三八条の二)、毎会計年度予算を調整し、年度開始前に議会の議決を経て、これを執行しなければならないものである(同法一四九条二号、二一一条)。しかし、それは自らの判断と責任において行われるべきものであるから(同法一三八条の二)、もし本件支給条項又は本件支給率条項が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものと認めるときは(最高裁平成四年一二月一五日第三小法廷判決参照)、被告はその改正案を速やかに市議会に提出するなど法的に可能な措置をとり、もってその瑕疵の解消に努めるべき義務があるものである。

したがって、被告がこの義務の履行を怠り、本件支給条項又は本件支給率条項が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するにもかかわらず本件調整手当を支給するときは、その行為は被告が職務上負担する財務会計法規上の義務に違反した違法なものとなるというべきである。

2  そこで、本件支給条項又は本件支給率条項が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものといえるか否かについて検討するに、以下のとおり、本件支給条項又は本件支給率条項が著しく合理性を欠きそのためこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するものとは未だいえないというべきであるから、被告による本件調整手当の支給はこれを違法ということができないものである。すなわち、

(一) たしかに、調整手当は、本来的には、「民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域」に所在する官公署に勤務する職員に対して支給されるべきであり、したがって、八千代市が八千代市職員に対して調整手当を支給するにあたっては、八千代市が果たして「民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域」であるか否かを調査検討し、これに従って、調整手当の支給の要否及びその支給率を決めるべきであったのであるが、前記認定のとおり、八千代市においてそれらの調査検討がなされた事実はなく、また、今後その調査検討の計画があることを認めるに足りる証拠もない。

しかし、前記のとおり、八千代市に所在する千葉地方法務局八千代出張所に勤務する国家公務員に対しては三パーセントの調整手当が支給されており、また、八千代市に在勤する千葉県職員に対しても五パーセントの調整手当が支給されていることからすれば、八千代市は一応「民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域」であるということができる。原告らも、八千代市職員に対して調整手当を支給すること自体は特にこれを争っておらず、現状ではそれもやむなしとしているのである。本件支給条項が著しく合理性を欠くものということはできない。

(二) そこで、問題は、八千代市職員に対して一〇パーセントの調整手当を支給するとする本件支給率条項が著しく合理性を欠くといえるかである。

たしかに、前記認定のとおり、

(1) 本件支給率条項が可決制定される際及びその後の改正の際に八千代市議会又は八千代市長によって八千代市における民間の賃金、物価及び生計費が調査検討されたことはなく、

(2) 国家公務員につき、人事院は千葉地方法務局八千代出張所に在勤する職員に三パーセントの調整手当を支給するとしており、千葉県人事委員会規則も八千代市に在勤する職員に五パーセントの調整手当を支給するとしている。

(3) そして、平成七年度の八千代市職員の給料は国家公務員と比べて一般行政職で約一・一二倍高く、技能労務職で約一・一一倍高く、また、八千代市職員のラスパイレス指数は一〇四・八であり、

(4) 八千代市の平成七年度の経常収支比率は九六・三パーセント、平成八年度は一〇〇・五パーセントであって、千葉県内で最も高く、

(5) さらに、自治事務次官は、「地方公務員の給与改定に関する取扱いについて」と題する書面を発して、「国の支給割合を超えて調整手当を支給している地方公共団体及び国の支給地域に該当しないにもかかわらず調整手当を支給している地方公共団体にあっては、これを是正すること」を求めているのである。

(三) しかしながら、前記認定のとおり、

(1) 八千代市は一応「民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域」であるということができる。

(2) 近時、八千代市は東京のベッドタウン化しており、平成八年四月に東葉高速鉄道が開通した後はこれに一層の拍車がかかって、同市に居住する就業者の三分の一が東京二三区への通勤者となっており、その通勤者の内の官公署に勤務する者に対しては一二パーセントの調整手当が支給されているのに、地元八千代市に勤務する者に対しては五パーセントの調整手当しか支給されないとすれば、同じ地方公務員であり同じ八千代市に居住する者でありながらその不均衡は無視し得ないものがある。

(3) そして、前記のとおり、平成九年四月一日現在において、千葉県でその条例により八千代市と同じ一〇パーセントの調整手当を支給するとしているのは、千葉市、市川市、船橋市、木更津市、松戸市、野田市、成田市、佐倉市、習志野市、柏市、市原市、流山市、我孫子市、鎌ケ谷市、君津市、浦安市、四街道市、袖ケ浦市の一八市に及んでいる。

ちなみに、東京都職員に対しては、一部地域に在勤する者を除いて、一二パーセントの調整手当が支給されており、二三区職員及びその他の市町村職員に対しても、一二~一〇パーセントの調整手当が支給されている。また、隣接する埼玉県においては、県職員に対して五パーセントの調整手当が支給されているものの、多くの市町村職員に対しては一〇パーセントの調整手当が支給されている。神奈川県においては、県の全職員及び県下全市町村の職員に対して一律に一〇パーセントの調整手当が支給されているのである。

(4) 八千代市としても、これら近隣他市との競争に勝って優秀な職員を採用するためには、少なくともこれらの市と同一の給与条件を定めざるを得ない実情にある。

(5) しかし、八千代市職員の平均給料額及び諸手当を含めた平均給与額が近隣他市のそれに比べて特段に高いものではない。

(6) なお、神奈川県のように職員の勤務地に関係なく一律に一〇パーセントの調整手当を支給する場合には、調整手当支給の本来の目的である「民間における賃金、物価及び生計費が特に高い地域」に在勤する職員の給料の実質的不均衡を是正するという目的は極めて希薄となり、専ら、給料の上積みとしての性質が濃厚となる。

この点、国家公務員についても、前記「一般職の職員の給与に関する法律」の一一条の四は、「前条第二項第一号の人事院規則で定める地域及び官署以外の地域及び官署に在勤する医療職俸給表(一)の適用を受ける職員及び指定職俸給表の適用を受ける職員(略)には、当分の間、同条の規定にかかわらず、俸給、俸給の特別調整額及び扶養手当の月額の合計額に百分の十を乗じて得た月額の調整手当を支給する。」と規定しており、これによって、勤務する地域に関係なく一律に調整手当を支給することとしているのであり、また、同法一一条の七の一項は、「第十一条の三第一項の人事院規則で定める地域若しくは官署に在勤する職員がその在勤する地域若しくは官署を異にして異動した場合又は……場合において、当該異動若しくは移転(略)の直後に在勤する地域若しくは官署に係る調整手当の支給割合(略)に達しないこととなるとき、又は……ときは、当該職員には、……、当該異動の日から三年を経過するまでの間、当該異動等の日の前日に在勤していた地域又は官署に在勤するものとした場合に第十一条の三の規定により支給されることとなる調整手当(略)を支給する。」と規定して、支給率の低い地域に転勤した後も三年間は転勤前の支給率による調整手当を支給することとしているのである。

千葉県職員についても、前記「職員の給与に関する条例」の一〇条の三及び一〇条の四に同旨の規定がある。

(7) そもそも、本件支給率条項は昭和四八年三月の八千代市議会において可決成立して追加されたものであり、その後、八千代市議会によって逐次改正されてきたものであって、八千代市議会は、八千代市民が正当に選挙した議員によって構成される機関であり、市長とは別個独立の機関であって、民主主義社会においてはその議決は最大限に尊重されるべきものである。

(四) 以上の諸事情を総合考慮すると、八千代市職員に対する調整手当の支給率が五パーセントを超えるものであってはならないとは未だいえないというべきであり、市議会がその判断と責任においてそれを一〇パーセントとすることも一つの選択であり、したがって、一〇パーセントの支給率を定める本件支給率条項が著しく合理性を欠くものであるとは未だいえないというべきである。少なくともそのような立証は原告らにおいてはなされていない。

3(一)  これに対して、原告らは、前記のとおり、「地方公務員法二四条三項が定める均衡の原則に従うとすれば、八千代市職員に対する調整手当の支給率はせいぜい千葉県職員と同じ五パーセントか又はそれ以下と定められるはずであり、したがって、一〇パーセントと定める本件支給率条項は同項に違反して著しく合理性を欠く違法なものである。」旨を主張する。

たしかに、地方公務員法二四条三項は前記のとおり「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定められなければならない。」としており、前記のとおり、国家公務員について、人事院は八千代市に所在する千葉地方法務局八千代出張所の職員に三パーセントの調整手当を支給することとしており、千葉県人事委員会規則も八千代市に在勤する職員に五パーセントの調整手当を支給するとしているのみであり、そして、平成七年度の八千代市職員の給料は国家公務員と比べて一般行政職で約一・一二倍高く、技能労務職で約一・一一倍高く、また、八千代市職員のラスパイレス指数は一〇四・八であり、さらに、自治事務次官は、原告ら指摘のとおり、「地方公務員の給与改定に関する取扱いについて」と題する書面を発して、「国の支給割合を超えて調整手当を支給している地方公共団体及び国の支給地域に該当しないにもかかわらず調整手当を支給している地方公共団体にあっては、これを是正すること」を求めているのである。

したがって、これらのみを考慮すれば、あるいは原告ら主張のとおり八千代市職員に対する調整手当の支給率は五パーセント以下とすべきこととなるのかもしれない。

しかしながら、右地方公務員法二四条三項はいわゆる訓示規定にすぎず、これに違反したからといって直ちに著しく合理性を欠くに至るというものではなく、仮にこの点をしばらくおくとしても、給与の一部を構成する調整手当は、右地方公務員法二四条三項が規定するとおり、「生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与」のほかに「その他の事情」をも考慮して定められるべきものであり、したがって、八千代市に在勤する国家公務員に対して三パーセントの調整手当が支給されていることや八千代市に在勤する千葉県職員に対して五パーセントの調整手当が支給されていること、八千代市における民間事業の賃金や物価及び生計費は、調整手当支給率を決定する際の考慮すべき一事情にすぎず(ただし、重要な事情ではある。)、これが全てではなく、「その他の事情」として、市が優秀な職員を容易に採用すること、八千代市の職員組合が調整手当の一〇パーセント支給を強く要求していること、等の事情を考慮することも許されるものというべく、結局のところ、右地方公務員法二四条三項は調整手当の支給率を定めるにあたっては一切の事情を考慮して定めるべきことを規定しているにすぎず、そうとすれば、前示のとおり、一切の事情を考慮して判断してもなお一〇パーセントの支給率を定める本件支給率条項が著しく合理性を欠くものであるとは未だいえない以上、本件支給率条項が右地方公務員法二四条三項に違反しているともいえないというべきである。

また、「民間の賃金、物価及び生計費が全く調査検討されていない以上、その調査検討がなされるまでの間、八千代市職員に対する調整手当の支給率を五パーセントか又はそれ以下に抑えておくのが市議会及び市長たる被告の正しい姿である。」との原告らの主張にもにわかに賛成し得ない。けだし、前示のとおり、重要な事情ではあるにせよ、民間の賃金や物価及び生計費は、調整手当支給率を決定する際の考慮すべき一事情にすぎないからである。

原告らの主張はこれを採用することができないものである。

(二)  次に、原告らは、「もし地方公務員法一四条が定める情勢適応の原則に従えば、市長たる被告は直ちに本件支給率条項につきその支給率を五パーセント以下とする改正案を市議会に提出し、市議会は直ちにそれを可決成立させなければならないものである。しかるに、市議会及び被告はこの義務の履行を怠っており、そのため漫然と本件調整手当を支給しているのである。」旨を主張する。

たしかに、地方公務員法一四条は「地方公共団体は、この法律に基いて定められた給与、勤務時間その他の勤務条件が社会一般の情勢に適応するように、随時、適当な措置を講じなければならない。」と定めている。原告らの右主張は、本件支給率条項が「社会一般の情勢」に適応していないことを前提とするものである。

しかし、右地方公務員法一四条もいわゆる訓示規定にすぎず、したがって、これに違反したからといって直ちにその行為(不作為)が違法となるわけではなく、仮にこの点をしばらくおくとしても、前示のとおり、八千代市職員に対して一〇パーセントの支給率を定める本件支給率条項が著しく合理性を欠くものとは未だいえないのであるから、本件支給率条項が「社会一般の情勢」に適応していないとはいえないものである。

原告らの主張はその前提を欠き、これを採用することができない。

(三)  その他、原告らの主張する事情を総合考慮しても、本件支給率条項が著しく合理性を欠くものであるとは未だいえないものである。

三  よって、原告らの本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

なお、付言するに、原告らは本件支給率条項及びそれに基づく本件調整手当の支給が違法であることを住民訴訟という形式において主張しているのである。しかし、そのような主張は第一次的には八千代市議会に対してなされるのが本来の姿であり、原告らは市議会議員に働きかけ、あるいは連署をもって条例の改正を請求し(地方自治法七四条)、さらには議員の選挙を通じて自らの主張の実現を図ることもできるのである。

他方、市長たる被告においては、市民から本件のような訴訟が提起されていること等に鑑み、しかるべき時期に本件支給率条項について改めて市議会の意思をきくこともまた考慮の余地があろう。

(裁判長裁判官 原田敏章 裁判官 小宮山茂樹 宮島文邦)

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